東京地方裁判所 昭和34年(むのイ)518号 決定 1959年8月27日
住居
東京都
会社員
根本文雄
昭和三年八月二六日生
右の者に対する傷害被告事件において昭和三四年八月六日裁判官内田武文に対し忌避の申立がなされ、これに対し同日同裁判官より刑事訴訟法第二四条による却下裁判があつたが、右却下裁判につき昭和三四年八月一一日弁護人坂本修外三名から準抗告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件準抗告申立の趣旨及び理由は別紙のとおりである。
よつて被告人根本文雄に対する傷害被告事件(昭和三四年刑(わ)第一九五五号)及び裁判官内田武文に対する忌避申立事件(昭和三四年(む)イ第五一一号)の各記録を調査するに、
右傷害被告事件第二回公判調書の記載によると同日公判廷における検察側の申請にかかる証人牧野音市に対する反対尋問の段階において裁判官が被告人の尋問を重複尋問として制限したことに端を発し、主任弁護人以外の各弁護人の発言を禁止したため
坂本主任弁護人より裁判官が一方的に各弁護人の弁護権を奪つたことは不公平な裁判をする虞があるものとして、内田裁判官を忌避する旨申し立てたところ、同裁判官は、即時、訴訟を遅延させる目的のみでなされたものとしてこれを却下したこと更に右主任弁護人は右忌避の申立に対する却下裁判によつても同裁判官に公平な裁判を期待することできないものとして、重ねて忌避の申立をなしたところ、これに対しても同日公判廷外において前回と同様の事由で却下裁判がなされたこと、その後昭和三四年八月六日に至つて弁護人側から三度次に掲げる括孤内の理由((一)昭和三四年七月三〇日の第二回公判期日において裁判官は松本弁護人の異議申立のためにする発言その他主任弁護人以外の各弁護人の発言を全面的に禁止した、(二)被告人根本文雄の証人牧野音市に対する反対尋問権の行使を不法に阻止し、被告人に対し露骨に敵意と軽蔑の言動を示した、(三)責任ある忌避の申立をするために一五分間の休廷を求めた弁護人側の請求を何ら理由なく拒絶した、(四)第二回公判期日においてなした忌避の申立を訴訟を遅延せしめる目的のみになされたことが明らかであるとして即時却下した、(五)忌避を申し立てられた裁判官が被告人を退廷させ弁護人もいない法廷で次回公判期日を指定し、被告人に次回公判期日に出頭を命ずるが如き違法不当な処分をした、(六)その他裁判官は訴訟指揮にあたり予断と偏見を以て臨むばかりか、裁判官としての品位をけがす言動を敢てした)を具申して忌避の申立がなされ、これに対しても即日前回と同様の事由で却下の裁判がなされたことが認められ、本件準抗告は右第三回目の忌避申立を却下した裁判に対しなされたものであることが明らかである。
そこで、先づ、本件準抗告の前提となつた忌避の申立の適否について判断するにそもそも除斥、忌避制度は特定の裁判官とその職務として処理する具体的事件の関係者との間に特定の事情が存在する場合にその裁判官をその事件から排除する制度であつて、特にこれを忌避の申立の制度について言うと、特定の裁判官について、その処理する裁判において不公平な処置をする虞のある客観的事情の存在する場合にその裁判官をその具体的事件に関し裁判官的人格を否定して事件の審理から排除を求めることを得させるところのものである。
このような忌避申立制度の性格を考えると、その特定の事件について一度忌避の申立がなされ、これに対し却下の裁判があつた場合、果して、その却下の裁判に対し重ねて忌避の申立が許されるか否か(刑事訴訟法第二四条のいわゆる簡易却下の場合には簡易却下の方法をとつたことによつて顕現されたその裁判官の不適格性を理由として忌避を申し立てる場合をも含めて)についてはこれを肯定的に解するには多大の疑問が存する。
すなわち、具体的事件において、特定の裁判官を忌避する場合にはその裁判官につき忌避を理由づけるところの「裁判の公平を妨ぐべき客観的事情」の存在を主張しなければならないのであるが右に主張される個々の具体的事実は帰するところその裁判官の裁判官的人格を否定することを理由あらしめる事実たるものであるから、具体的事件に関し、その裁判官に対し一度忌避の申立がなされ、これに対し却下の裁判があり、未だその裁判について確定を見ず、抗告、準抗告等法の認めている不服申立の途がとざされていない限りでは、各忌避申立後に生起した個々の具体的事実は先の忌避申立において指摘された客観的事情と同じく、その忌避された裁判官の裁判官的人格の欠を裏づける一つの具体的事情であつて同一人格を表現する個々の事情に過ぎないものであるから同一人格に対する同一の忌避という外はないので、先になされた忌避却下の裁判について抗争する余地が存する以上は忌避申立後に生じた事情を採り上げて重ねてその裁判官に対し忌避をなし得ないものと解するのが相当である。
そこで、本件について、考えてみるに、前記認定のとおり本件準抗告の前提となつた忌避の申立をみると昭和三四年七月三〇日の第二回公判期日以降における内田裁判官の公判期日における訴訟指揮等をとらえて忌避の理由ありとして申立をなしたものであり、また今回の忌避の申立以前においても既に二回に亘り公判廷において同裁判官を忌避しており右二回の申立に対してはいずれも即日訴訟を遅延させる目的のみでなされたことの明らかなものであるとして却下の裁判がなされたが、これに対しては今日まで何ら不服申立の措置がとられていないことが明らかであるから、結局本件においても宜しく第一回の忌避申立に対する却下の裁判に対し、先づ準抗告の申立をなすべく、の結果を俟なければ重ねて同裁判官を忌避し得ないものと解するのが相当であるから、これに反し、その後続いてなされた第二回及び今回の忌避の申立はいずれも新たな事情に基く新たな忌避の申立ということを得ないものというべきである。尤もこの点弁護人は準抗告の申立補充書によつて第一回及び第二回の忌避に対する却下の裁判について個々に救済の措置をとらなかつた理由として、個々の裁判の不法について救済を求めるよりは先ず簡易却下によつて一層明白となつた不公平な裁判をする虞を理由に公平な合議体による忌避の判断を求めるべく第三回目の忌避の申立に及んだ旨主張しているが、弁護人においてかような考慮の下に今回の忌避の申立がなされたものであるとしても、右と別異に解すべき理由とはならない。
そうだとすると、本件準抗告の前提となつた忌避の申立は右のような事由から不適法な申立という外はないから、これに対して訴訟を遅延させる目的のみでなされたものであるとの理由をもつて却下した原裁判もまた違法な裁判というべきではあるが、右忌避申立が不適法として却下を免れないものである以上前記却下の裁判を取り消すべき実益は存しないから結局結論を同じくする原裁判は相当であつて本件準抗告は理由なきに帰する。
よつて、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
昭和三十四年八月二十七日
東京地方裁判所刑事第三部
準抗告の申立
申立人 根本文雄
東京都新宿区四谷一の二
右申立人弁護人
弁護士 坂本修
同 上条貞夫
同 松本善明
同 今井敬弥
被告人根本文雄に対する傷害被告事件につき昭和三十四年八月六日申立人は裁判官内田武文を忌避する申立をしました。
この申立は即日、同裁判官によつて、訴訟遅延のみを目的とすることが明らかであるものとして却下され、申立人は同月八日右裁判の送達を受けましたがこれは違法な裁判であるからその取消を求めます。
申立の理由
一、申立人は東貨労千代田梱包支部長の地位にあり、昭和三十四年四月二十六日午後零時十分頃主婦と生活株式会社宣伝兼販売拡張課長藤尾某に暴行を加え、治療二週間を要する打撲傷を負わせたものとして起訴され、東京地方裁判所刑事十八部裁判官内田武文係で審理されているものである。
二、本件忌避申立を簡易却下した裁判官の処分は左の理由により違法である。
(1) 本件簡易却下はその理由として訴訟遅延のみを目的とすることが明らかであるからであるとしている。けれども本件忌避申立は訴訟遅延のみを目的とすることが明らかであるものではない。すなわち刑事訴訟法二十四条の要件をみたすものではない。
(2) 簡易却下の本質と要件
(イ) (忌避権の意義)
忌避権(刑訴二十一条)は、憲法第三十七条の「公平な裁判所によつて裁判を受ける権利」の保障のため、憲法の精神の予定するところである。即ち公平な裁判所を確保するために一般的には裁判官の任命その他の点に考慮が払われているが、さらに具体的な裁判において公平な裁判所を確保するため偏頗な裁判をするおそれのある裁判官を職務の執行から排除することを申立てる権利を訴訟当事者に与えたものである。すなわち被告人の忌避申立権は憲法の要求するところである。(新法学全集「刑事訴訟法」平野)
刑事訴訟法第二十一条は、不公平な裁判をするおそれがあるときは忌避出来ることを規定する。
定型的な除斥原因ある場合に限らず、さらに広く非類型的に不公平な裁判をするおそれを理由に、裁判官の排除を求めることが出来る。忌避の裁判には、忌避された当該裁判官は関与することが出来ない。本件のように単独部である場合はその所属する地方裁判所の合議体が忌避の裁判をしなければならない。不公平な裁判をする疑があるとされて、その排除を求められている裁判官が、自らその申立の当否を判断することは(合議体の一員として判断に参加することも)忌避の裁判を無意義にし、結局公平な裁判を受ける権利を剥奪する結果を来たす。また、仮にそうでないとしても忌避の裁判の公正自体が疑われるのは避け得ないことである。それはひいては裁判の公平を疑わしめ、その権威を害することになるであろう。この結果を避けるために、法は前述の如く、当該裁判官は忌避の裁判に関与することが出来ないとしているのである。しかも忌避の申立があつたときは裁判官はそれ以上訴訟を進行さすことが出来ず訴訟手続は原則として停止されねばならない(刑訴規則十一条)
公平な裁判を保障するために、法はこの様に厚い保証を与えている。これが忌避制度の原則である。
(ロ) (簡易却下の意義)
忌避権の行使が明白に乱用である場合は、これに対して簡易却下がみとめられている。けれども簡易却下の要件は次の様に厳格である。
第一に、訴訟遅延のみを目的とすることを必要とする。
第二、訴訟遅延のみを目的とすることが明らかであることを必要とする。
簡易却下は、忌避された当の裁判官が忌避を自らの手で却下してしまうものであり、且つ、それによつて申立人が、忌避に関係のない他の裁判官によつて構成された合議体により忌避の当否の判断を受けることを阻害するものである以上、その要件が厳格であることは当然である。そして又、その要件は解釈にあたつて厳格に解されねばならない。何故なら、若し簡易却下が乱用されるならば前記の忌避制度は根本からくずれ去り、しかも被告人にとつては憲法上の権利までも侵害されることになるからである。
(ハ) (簡易却下の要件の存否の決定)
訴訟遅延のみを目的とすることが明らかであるかどうかについては忌避された裁判官の恣意による判断が許されないのは勿論、単なる主観的な推測でも足りない。それは前記簡易却下の本質から結局一定の客観的事情から認定する外はない。客観的な事情とされるのは次の様なものである。第一に、忌避が手続的に違法であることが明白な場合は当然に簡易却下が許される(刑訴第二十四条後段)。これに準ずる場合、例えば訴訟の過程において忌避事由ありとして忌避を申立てておきながら、審理の進行に同意し、自ら証拠調の請求などをしてしまつた場合(大審院昭和十四年(フ)二十七号、同十五・五・二十三決定)は一応簡易却下が是認されるであろう。第二に、忌避理由が全く存在しないか、或いは忌避理由は表示されているが、何人の判断によつても、その理由は裁判の公平に無関係であるような場合、またはこれに準ずべき場合もこれに該当するであろう。けれども、忌避理由として申立てられている事実が裁判の公平を疑わしめる一応の合理性があるときはその当否は、あくまでも忌避された裁判官を排除して、他の裁判官によつて審判されねばならない。その審理の結果忌避申立が理由がないとされるかどうかは全く別個の問題である。忌避された裁判官が、一応の合理性を持つ忌避申立であるにもかかわらず、その理由の当否を自ら実体的に判断し、忌避は理由がなく、従つて訴訟遅延のみを目的とするものであるとして簡易却下することは許されない。それは忌避された裁判官が正に自からその忌避理由の当否を判断することであり、刑訴第二十三条、刑訴第二十一条の趣旨を没却し、憲法第三十七条に反する結果になるからである。忌避事由の全くの不存在は訴訟遅延のみを目的とすることを推定させることになるであろう。そして、訴訟遅延のみを目的としたことが明らかであるためには少くなくともその不存在が二義を許さない程度に客観的に明白であることを必要とする。
(ニ) 判例もまた我々の調べたところによれば簡易却下は疏明が無く、しかも、忌避申立てた後に自ら証拠調べを請求した場合または手続的に不適当な場合、及び上告審における特殊な問題についてその例が見出されるのみである。忌避が理由がないとの判例は、多数存在するが当然のことながらいづれも簡易却下ではなく、その理由の存否を合議体(忌避された裁判官を除く)によつて審理した上で決定されたものである。
(3) 内田裁判官による本件忌避申立に対する簡易却下の違法性
(イ) 本件忌避申立の事由は忌避申立書及同申立補充書に記載したとおりである。そのいづれをとつても申立人等は忌避申立が理由があるとの裁判をさるべきものと考える。もとより忌避の実体的な当否を審理し忌避が理由ありとの裁判は本件においては内田裁判官を除外した東京地方裁判所の合議体によつて決定される。申立人は右の裁判によつて忌避理由の当否を公平に予断を抱くことなく裁判されることを切望している。
しかるに内田裁判官は忌避申立を何等理由なく訴訟遅延のみを目的としていることが明らかであるものとしてこれを自らの手で却下し忌避申立事由の当否について予断をいだくおそれのない裁判所が判断することを妨げている。
右の簡易却下は明らかに違法であり被告人の権利、弁護人の権利をはなはだしく侵害するものである。
(ロ) 忌避申立事由中各弁護人の発言とくに公判審理において最も重要かつ敏活を要する異議申立を一切主任弁護人の口を通じて発言せよ各弁護人には異議申立権がないとする点、被告人を規則も何も知らんくせに何に云つてやがんだいと罵倒し松本弁護人に「あんたの顔をみれば何を云うか分るから発言を許しません」と暴言をはき被告人及弁護人に対し明白な敵意と偏見を示した事実。忌避申立が問題となつているのに当日の最後の証人尋問が終つたあとで休廷したらいいだろうと全く忌避権行使の重要性を無視した事実、忌避されたのち退廷を命じあるいは認容した後被告人及弁護人の居ない法廷において一方的に期日指定を行つた暴挙、そして忌避は理由についての発言を結論だけをいえで阻止しておきながら簡易却下し、或は一旦忌避原因等について三日以内に文書で提出する様弁護人等に求めながらその数十分後には簡易却下の決定をなし、提出期限に二日を残して右決定を送達してくるやり方、どの一つをとつても忌避は理由があるものである。どれ程譲歩してもそれは少なくとも一応実体的にその当否を判断されるに足りる合理性を持つているものである。
むしろ如何なる根拠によつてこれ等の理由が存在するにもかかわらず訴訟遅延のみを目的とすることが明白なのであるかが全く明らかでない。この点について内田裁判官は簡易却下の理由として単に「訴訟遅延のみを目的とすることが明らかであるから」と法文をくり返すだけである。けれどもすでに忌避申立についての一応の合理性が認められる以上訴訟遅延のみを目的としているとの要件は存在しないことになる。ましてそれが明らかである事実は到底認められない。従つてこの点だけでも充分に簡易却下は違法である。(しかも詳細に忌避申立書によつて忌避を申立て疏明資料を期間内に提出することを示しているにもかかわらずその提出もまたず簡易却下している。)
(ハ)附随的な事情(すでに(ロ)において訴訟遅延のみを目的とすることが明らかであるとの要件は不存在であると云う意味で)としてではあるが忌避問題が生ずる前の訴訟の進行をみるならば被告人側が何等訴訟遅延を図つていないことは明白である。七月九日第一回公判で大体午前中で一さいの冒頭手続を終え七月三十日の第二回公判においては当時決定済であつた検察側証人全員藤尾良(被害者)小林包次(医師)鈴木又七郎(医師)の証人尋問を終え牧野音市(目撃者)に対する被告人の質問にまで進行していた。進行はむしろ早いと云わねばならない。若し被告人側に訴訟遅延を図る目的があつたとすればこの様に訴訟は進行しなかつた筈である。
なお忌避申立による訴訟の遅延について一言する。
忌避申立は当事者の権利であると同時に不公平な裁判をするおそれが明白になつてきた場合には裁判の公平を行うために行使すべき義務ですらある。忌避申立は訴訟手続の進行を停止するがこれは制度趣旨上当然である。忌避権の行使の結果訴訟手続が停止したことから遅延を図る目的があると云うのは無意味である。
全く何等の理由のない或いは手続上明白に不適法な忌避申立でない限り遅延を図る目的となすのは不当である。
ましてや遅延のみを目的とするものとはならない。
なお申立人には何等訴訟遅延を目的とする利益も動機もない。
申立人根本文雄は労働者である。裁判が長期化することは、単に心理的に負担であるばかりでなく、直接生活にひびくものである。迅速な裁判を求めるのはだれよりも被告人であるし、弁護人等も本公判を長びかせることに何等の利益を持たない。ただ公平な裁判を求めるが故に裁判官の交替を求めているにすぎない。
以上検討したとおり本件において訴訟遅延のみを目的としていることが明かであると認定できる理由は全くなく、又明かにされていない。
この様なやり方で簡易却下が認められるならば当該裁判官が忌避申立をにぎりつぶすことを許す結果になる。
忌避申立人は、裁判の公平についてこれを確保する手段を失うことになる。しかも裁判の公平についての疑惑は、一層ふかまる外はないであろう。
かくては裁判の公平も保たれず憲法上公平な裁判を受ける権利は剥奪されすくなくとも裁判の公平についての信頼は皆無に帰し、結局は裁判の権威そのものも侵される結果を来す。
刑事被告人はその人身の自由を裁判にかけている。忌避がにぎりつぶされたという外はない様な今回の簡易却下が認められるならば、忌避制度は崩壊の危機にさらされ憲法三七条の保障に違反することなる。
三、以上の如く本簡易却下の裁判は明白に違法なものであるからその速かな取消を求める次第である。
以上
昭和三十四年八月十一日
右申立人弁護人
弁護士 坂本修
同 上条貞夫
同 松本善明
同 今井敬弥
東京地方裁判所刑事部 御中
準抗告申立補充書
昭和三四年八月十一日貴裁判所に申立てた準抗告について次の通りこれを補充する。
一、昭和三十四年刑(わ)第一九五五号被告人根本文雄に対する傷害被告事件における忌避の大要について
(一) 昭和三十四年七月三十日の第二回公判における忌避
当公判においてはいづれも口頭によつて二回忌避申立が行われた。
(1) 第一回の忌避申立
(イ) 添付忌避申立書、申立の原因中二の(1)(2)(3)(4)記載の経過によつて明らかな如く、内田裁判官の不公平な裁判をするおそれのあることを示す処分に会つて、同裁判官を忌避するか否かを検討するためその理由を明らかにし、十五分間の休廷を求めたのに、これを許さず証人尋問を続行させようとした際、口頭で同裁判官の忌避を申し立てた。
(以上添付忌避申立書申立原因三の(五))
(ロ) 忌避理由としては、添付忌避申立書申立原因三の(一)(二)(三)において詳細に記載したとおりである。これを要約すると左記の通りである。
① 主任弁護人以外の弁護人の発言を全面的に禁止し、違法に弁護権を侵害した事実、及びその発言禁止にあたつて発言の許可を求めている松本弁護人に対し、発言を許さず「あんたの顔をみれば何を言うか分ります。ですから不許可にしたのです」などと明白に偏見、敵意乃至は予断を抱いた訴訟指揮をした事実(以上主として添付、忌避申立書申立の原因三の(一)記載)
② 被告人根本の証人牧野音市に対する何等重復しない反対尋問を重復質問であると不法に阻止した上詳細に重復質問でないことを明らかにし、反対尋問の禁止、制限に抗議した被告人に対し、「規則も何も知らんくせに何をいつてやがんだい」と侮辱を加え被告人に対し、敵意と偏見を示した事実(以上添付忌避申立書三の(二))
③ 忌避の申立をするかどうか、訴訟進行についての根本問題を検討するために求めたわずか十五分間の休廷要求を拒否し、忌避をするかどうか検討するならその日の最終証人尋問が終つてからにしたらいいとして右尋問を強ようとした事実(以上忌避申立書申立原因三の(三))
(ハ) 右の忌避申立は、口頭で行われたが同裁判官は主任弁護人が前記忌避理由を述べようとする結論だけをいうようにとその発言を阻止し、不公平な裁判をするおそれがあるとの発言を許したのみであつた。しかも訴訟手続を停止することなく刑事訴訟規則第九条によつて三日以内に文書で提出する機会を与えることもなく、即座に「訴訟遅延のみを目的とすることが明らかである」といつてこれを却下した。
(2) 第二回の忌避申立
(イ) 前記第一回の簡易却下処分後、口頭で第二回目の忌避を申立てた。(添付忌避申立書申立原因二の(5)中段)
(ロ) 忌避申立理由の大要は次のとおりである。
前記第一回の忌避申立理由は裁判の公平を疑わしめるに充分なものであるのに同裁判官は文書でその原因を明らかにするに必要な刑訴規則第九条所定の機会を与えることなく、さりとて、公判廷において忌避理由について具体的に陳述する機会も与えず、従つて忌避理由を殆んど聞くことなく一方的に訴訟遅延のみを目的とすることが明らかであるとして簡易却下した。
このことは前記第一回忌避申立の理由と合せて到底公平な裁判を期待し得ないことを示すものである。とくに本件の如き刑事訴訟法第二四条の乱用は被告人の公平な裁判を受ける憲法上の権利を奪うものであつて、この点のみからみてもすでに公平な裁判を同裁判官に期待することの出来ないのは明らかであること。(以上添附忌避申立原因三の(四))
(ハ) 第二回の忌避申立にあたつて、すでに退廷命令の出た被告人と共に、訴訟手続きが停止したので弁護人等も退廷しようとしたとき同裁判官はこれを容認した。その後書記官室において、弁護人等と会つた同裁判官は弁護人等に対して次の様に述べた。「三日以内にちやんと理由書を出して下さいよ、規則がそうなつているんですから」。
これが刑事訴訟規則第九条にもとづいて、忌避理由書又は必要な疏明書類の提出を求めているものであることは疑問の余地はない。
しかるに同裁判官は、八月一日午後夜間送達によつて、七月三十日附の右忌避申立に対する簡易却下決定を送達して来た。
右簡易却下決定の理由としては、忌避申立は
「訴訟遅延のみを目的とすることが明らかである」からと記載されているにとどまる。
(二) 昭和三十四年八月六日午前書面による第三回目の忌避申立について
(1) 八月六日午前九時四〇分頃主任弁護人、松本弁護人、上条弁護人等は、内田裁判官を裁判官室におとづれ第二回目の忌避申立が簡易却下された理由を尋ねた。
同裁判官は、訴訟遅延のみを目的とすることが明らかだと判断したからであり、それは七月三十日第二回公判において牧野音市の証人尋問を続行せずに忌避を申立てたことから明らかであるとのべた。
これに対し弁護人等が当該裁判官による裁判の公平について前記二の(一)(1)記載の如き事情から重大な疑念をいだき、ましてやついに公平な裁判が期待できないと考えられるにいたつた以上、忌避申立は更に申立人及び弁護人にとつて権利であるのみならず正に義務である、この場合、証人尋問を続行し得ないのは当然であつて、むしろ審理の一切が停止するのが原則である。
審理を続行することは不公平な裁判を続行させしかもこれに対して申立人及び弁護人が協力することはその忌避権を喪失させる結果を来す。それ故牧野音市に対して証人尋問を続けなかつたことは当然の事であると、反論するや、「あんた達は文書にする理由書を提出しなかつた。これは遅延のみを目的とするものであることを明らかにするものである」と答えた。
弁護人等が、裁判官は七月三十日附で右忌避申立を簡易却下し、右決定は八月一日刑訴規則第九条による書面の提出期間にまだ二日をのこして送達された。この様にして簡易却下の決定が送達された後、却下された忌避申立について、忌避申立から三日以内に書面を提出しなければ訴訟遅延を図つているものであるというのはナンセンスである。(弁護人等はこの簡易却下によつて作成中であつた、忌避申立書を破棄して新たな忌避申立のために、書き直すにいたつている)しかも、同裁判官はその見解を固執し「今日の法廷に入つたら在廷命令を出すから」とか「主任弁護人の態度はけしからん」とか全く挑戦的な態度に出、従前の訴訟指揮をあらためる望はなかつた。
ここにおいて申立人及び弁護人等は同裁判官に対して忌避申立書を直ちに受附に提出して忌避することを告げて同判事室を退去し右忌避申立書は同日午前九時五五分頃、東京地方裁判所受附で受理された。なお疏明資料として陳述書二通を添附したが後に追加することを申立書に明記し同年八月八日疏四号証五号証の一、二、三、四、五を提出し、同年八月十日忌避申立補充書をそれぞれ提出した。
これらの文書はいづれも宛名が東京地方裁判所御中となつているが東京地方裁判所受附係を経て同地裁刑事十八部内田裁判官に配付されている。
(2) 右忌避理由の大要は左記の通りである(その詳細については添附忌避申立書及補充書記載参照)
① 忌避を申立てられた裁判官が被告人を退廷させ、弁護人の退廷を是認し、被告人及び弁護人のいない法廷で「次回期日」を指定し「被告人に次回期日に出廷と命ずる」と訴訟手続進行させる被告人及び弁護人にとつて極めて不利益な違法処分を行つたこと、
② すでに第一、第二の忌避申立において明らかにした様な重大な忌避事由の存在を無視し全く簡易却下を乱用し被告人の公平な裁判を受ける権利をまで剥奪するにいたつていること、とくに刑訴規則第九条により三日以内に文書により忌避原因を明らかにすることを求めながら右文書の提出をまたず従つて理由を検討することなく一方的に忌避を簡易却下したこと。(この点の詳細についてはとくに添附忌避申立補充書を参照)
これは単に信義に反するというだけではなく忌避理由を検討しないでの簡易却下でありすでに同裁判官が予断と偏見又は敵意をもつていたことを明白に示すものである。
(3) 右の第三回目の忌避申立は又しても簡易却下され昭和三十四年八月六日附決定として、夜間送達により同年八月八日土曜日主任弁護人のもとに到達した。
簡易却下の理由としては訴訟遅延のみを目的とするのであることが明らかである」と記載されているだけである。
但し昭和三十四年八月十一日公判において弁護人等の質問に対し同裁判官は八月六日の公判に出廷して、証人尋問をしなかつたから訴訟遅延のみを目的とするものと判断したと答えている。
二、(一) 本訴における第一回、第二回の忌避の簡易却下はいづれも第三回の簡易却下と同じく違法な裁判であり刑事訴訟法四二九条一項の一号により準抗告の対象となるものである。
ただ申立人及弁護人等は裁判官の個々の裁判の不法について救済を申立てるより先ず右の不法な簡易却下によつて一層明白となつた不公平な裁判をするおそれを理由に公平な合議体によつて忌避理由を審査し裁判官の変更を求めて忌避に及んだ。
そして、それは又同裁判官がこれを不法に簡易却下しない限り最も問題を抜本的に解決する方法である。そして我々はついに三回目の詳細な忌避申立書による忌避すらがこれ又疏明資料の提出も待たずに、刑訴規則が九条の期間をも無視し(疏第四号証、五号証の一、二、三、四、五は未提出であつた)「訴訟遅延のみを目的とすることが明らかである」という一片の理由で簡易却下されるにいたつてこれ以上忌避を申立てても、他の公正な合議体によつて右申立が審理をうける可能性は剥奪されていると考えざるを得ないのでこの段階にいたつては、もはや準抗告以外に道はないと考え、ここに第三回目の簡易却下を直接の対象に準抗告に及んだものである。
(二) 同裁判官が第三回目の忌避申立を訴訟遅延のみを目的とすることが明らかであるとした根拠を忌避申立後申立人及び弁護人等が八月六日の公判廷に出廷し審理に応じなかつたからであるというのは、ナンセンスである。何故なら忌避申立をした以上訴訟手続は原則として停止する外はなくかえつて公判廷で審理に応ずることは原則として忌避を自ら放棄する結果を来すからである。むしろこのことを簡易却下の理由とすることは右簡易却下が如何に正当な理由がない、無理なものであるかを明らかにするものである。
裁判の公正とは、裁判が客観的に真実を認定し、正しい法律の適用をなしたことで足りるものではない。それは当事者にその公正を納得させうるものでなければならない。この様な簡易却下を続け内田裁判官の下で審理を強行するならば裁判に対する不信のみが残るであろう。そして裁判の権威は侵される結果となる外はない、我々はこの結果を避けるためにも本準抗告をみとめ、公正な合議部で忌避申立の実質的な審理の機会を与えられることを求めるものである。
三、(附記)
貴裁判所に対する準抗告申立書添附の忌避申立書の日附は昭和三十四年八月六日である。
右の様に準抗告申立を補充する。
申立人 根本文雄
右申立人弁護人
弁護士 坂本修
同 上条貞夫
同 松本善明
同 今井敬弥
昭和三十四年八月二十一日
東京地方裁判所刑事第三部 御中
昭和三四年(し)第五〇号
昭和三四年一〇月一四日
最高裁判所第一小法廷
東京地方裁判所 御中
通知書
申立人 根本文雄
右弁護人 上条貞夫
同 松本善明
同 坂本修
同 今井敬弥
右申立人根本文雄に対する傷害被告事件に関する裁判官忌避申立事件について、貴庁のした準抗告棄却決定に対し申立人からした特別抗告事件について別紙添付のとおり決定があつたから通知する。
昭和三四年(し)第五〇号
決定
申立人 根本文雄
右弁護人 上条貞夫
同 松本善明
同 坂本修
同 今井敬弥
右申立人根本文雄に対する傷害被告事件に関する裁判官忌避申立事件について、昭和三四年八月二七日東京地方裁判所のした準抗告棄却決定に対し、右申立人から特別抗告の申立があつたので、当裁判は次のとおり決定する。
主文
本件特別抗告を棄却する。
理由
本件特別抗告の理由は、末尾添付書面記載のとおりである。
所論は、原決定が憲法三七条一項に違反すると主張するけれども、その実質は、
(一) 申立人根本文雄に対する傷害被告事件に関し内田武文裁判官に対し申立人から三回忌避申立がなされ、本件忌避申立はその第三回目の申立であるところ、右三回の忌避申立原因たる事実はそれぞれ別個で重複していないにも拘らず、原決定がこれを「同一裁判官に対する同一原因の忌避申立」であると認定した上、本件忌避申立は不適法である旨判示したのは誤りであるとの主張であり(所論が、本件忌避申立の原因として主張する特別抗告申立書第二、一、(三)記載の事実は、所論第二回目の忌避申立却下決定またはその手続自体の不当違法を攻撃するものに外ならず、従つて、いまだ、所論主張のように、新らたな別個独立の忌避原因として主張し得る事実とは認められない。)、原決定は、忌避申立却下決定に対し準抗告の申立がなされた場合には、右準抗告申立後に新らたに発生した別個独立の忌避原因につき、独立して忌避申立をすることが許されない趣旨を判示しているが、これは刑訴二二条但書の解釈を誤つた違法があるとの主張であり(原決定は、所論主張のような趣旨は少しも判示していない。却つて、原決定は「その後続いてなされた第二回及び今回の忌避申立は、いずれも新らたな事情に基く新らたな忌避申立ということを得ない」と判示している。)、(三) 原審は準抗告審として、本件忌避申立が明らかに訴訟遅延のみを目的としているといえるか否の争点についてのみ判断すべきであるのに、申立自体の適否についてまで判断したのは、本来判断すべき事項について判断せず却つて判断すべからざる事項について判断したものであつて、刑訴四二六条の解釈を誤つた違法があるとの主張であつて(所論は独自の見解であり、準抗告審としては、所論の点についても審理判断すべきであることは勿論である。)、以上いずれも適法な特別抗告の理由とならない。
よつて、刑訴四三四条、四二六条一項に従い、裁判官全員の一致した意見で主文のとおり決定する。
昭和三四年一〇月一四日
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 下飯坂潤夫
裁判官 斎藤悠輔
裁判官 入江俊郎
裁判官 高木常七
昭和三四年(し)第五〇号
申立人(被告人) 根本文雄
被告人本人の特別抗告申立
申立人根本文雄に対する傷害被告事件について、昭和三十四年八月二十八日東京地方裁判所刑事第三部のなした準抗告棄却決定は、左記の理由により憲法第三十七条第一項に違反するので、その取消を求める。
記
第一、原裁判の理由
原審は、準抗告申立の前提となつた忌避申立(以下、本件忌避申立と略称)が不適法である、とする。
すなわち、本件忌避申立は、既に同一の裁判官に対して忌避申立がなされ、之を簡易却下(刑事訴訟法二四条)した裁判が確定せず抗争する余地のある状態において、その裁判官に対し重ねて忌避を申立てたものであるから、結局、同一人に対する同一の忌避申立であつて不適法である、という。
第二、原裁判の誤り
一、忌避の原因の重復はない
本件忌避申立は、内田武文裁判官に対して同一の公判手続においてなされた三度目の忌避である。
(一) 第一回の忌避申立の理由
昭和三十四年七月三十日の第二回公判期日において、内田裁判官は、(イ) 主任弁護人以外の弁護人の発言を全面的に禁止し、その発言禁止にあたつて発言の許可を求めている松本弁護人に対し発言を許さず「あんたの顔を見れば何を言うのかわかります。ですから不許可にしたのです」などと明白に偏見敵意乃至は予断を抱いた訴訟指揮を行い、(ロ) 被告人根本文雄の証人牧野音市に対する何等重複しない反対尋問を、重複質問であるとして不法に禁止し、その尋問が重複質問でないことを詳細に述べて右の禁止に抗議した被告人に対し「規則も何も知らんくせに何を言つてやがんだい」と侮辱を加え、被告人に対する敵意と偏見を示し、(ハ) 更に、弁護人側から、忌避の申立をするかどうか、訴訟進行についての根本問題を検討するために求めた僅か十五分間の休廷要求を何ら理由なく拒否した上、忌避をするかどうか検討するならその日の最終の証人尋問が終つてからにしたらいい、として証人尋問を続けようとした。以上の事実に見られるような、内田裁判官の、被告人ないし各弁護人に対する明らかな敵意と、予断偏見とに充ちた訴訟指揮に対し、かかる裁判官によつては到底公平な審理を期待できないものと考えて、同日、公判廷において主任弁護人より口頭をもつて、右裁判官を忌避する申立がなされたものである。
(二) 第二回の忌避申立の理由
前記の忌避申立がなされた際、主任弁護人が前記の忌避理由を述べようとすると、内田裁判官は結論だけを言うように、とその発言を阻止、不公平な裁判をするおそれがあるとの発言を許したのであつて、しかも訴訟手続を停止することもなく刑事訴訟規則第九条によつて三日以内に忌避の原因を文書で明らかにする機会を与えることもなく、即座に「訴訟遅延のみを目的とすることが明らかである」といつてこれを却下した。かように忌避の理由を具体的に口頭ないし文書で明らかにする機会を全然与えず、したがって忌避理由を殆んど聞くことなく全く一方的な却下をせることは刑事訴訟法第二十四条に違反し、被告人の公平な裁判をうける憲法上の権利を奪うものに他ならず、この点だけを見ても、公平な裁判を同裁判官に期待することの出来ないのは明らかであり、ここに二度目の忌避申立がなされたものである。
(三) 第三回の忌避申立
第二回の忌避申立がなされた直後、内田裁判官は書記官室において弁護人等に対し、三日以内に刑事訴訟規則第九条による忌避理由書ないし疏明書類を提出することを、求めた。ところが、内田裁判官は、同日附をもつて右忌避申立を「訴訟遅延のみを目的とすることが明らかである」として却下し、公判期日をわずか七日後に指定した。これらの決定書は、弁護人等が内田裁判官の求めに応じて忌避理由書を作成している最中、その提出期限に二日を残していた日の夜、突如として夜間送達がなされたものである。
これに驚いて弁護人等が内田裁判官に対し、第二回の忌避申立を却下した理由を糾すと、同裁判官は、忌避理由書を提出しないから訴訟遅延のみを目的とすることが明らかだと認定した、と答える始末であつた。このように、理由書の提出を求めながら提出期間経過前に忌避申立を簡易却下することは、弁護人等に対する著しい背信行為であり侮辱である。この点だけを見ても、そしてここに至つて尚更、内田裁判官の弁護人等に対する敵意と偏見とが露骨に現われているのである。
かくして、内田裁判官に対する三回目の忌避申立がなされた。
以上のように、(一)ないし、(三)の、どの一つをとつてみても、内田裁判官が申立人根本文雄に対する傷害被告事件について不公平な裁判をする虞(同裁判官の公平を信頼できない合理的な理由)があることを顕示するに充分であり、また、それぞれの事情は、別箇の観点から内田裁判官の審理の公平を疑わせる根拠を提供するものであるから、第一回ないし第三回の忌避申立の原因は別箇であつて、決して重複してはいない。これを原審が「同一の裁判官に対する同一の忌避」と認定したのは誤りである。
二、準抗告では救済されない
(一) 原審は、本件のような場合は、最初の忌避却下を準抗告で争うべきであり、その余地のある以上、第二、第三の忌避申立は許されない、という。しかしながらこのような考えに立つならば、若し、最初の忌避申立却下を準抗告で争つている間(この間訴訟手続は引続き進行する)
如何に甚しい忌避原因が新たに生じても、これに対する忌避申立が許されないことになる。
もとより忌避の事由に限定はない。そして法は忌避の原因が審理開始後に生じた場合についても、当事者に忌避申立権を与えている(刑事訴訟法第二十二条但書)のである。それは憲法第三十七条第一項に根拠するものであつて、この権利を行使する機会は、あくまでも尊重しなければならないのである。この点について原審は、刑事訴訟法第二十二条の解釈を誤り、忌避申立権を違法に制限することにより憲法第三十七条第一項に違反している。
(二) 原審は、準抗告申立後に新たな忌避原因を生じた場合、それを準抗告審における忌避理由の判断に資料として供すれば足りる、というのであろうか。
若しそうであれば、その考えは、準抗告審における判断の対象を誤解した違法がある。
刑事訴訟法第二十四条の簡易却下の手続は、いうまでもなく忌避申立権に対する重大な制限である。本来、忌避申立がなされたときは、訴訟手続を停止して、忌避理由の有無を当該裁判官の関与しない裁判所が慎重に判断し、その上で忌避理由なしとされても、更に当事者は即時抗告によつて忌避理由に関する再度の考案を求める機会が保障されている(この間も訴訟手続は停止したままである)。
かように厚く保護されている忌避申立権を制限する簡易却下の手続は、決して軽々しく行われてはならない。
この簡易却下を裁判官が濫用するときは、事実上忌避権は奪われるといつて過言ではない。従つて簡易却下の許される場合は、極めて厳格に解釈しなければ憲法第三十七条一項に違反するといわねばならない。
刑訴法第二十四条は刑訴法第二十二条違反及び刑訴規則(第九条)違反の場合は明文をもつて簡易却下をすることができる旨を定めている。
従つて刑訴法第二十四条の本文の「訴訟を遅延させる目的のみでなされたことが明らか」とは、右に準ずるように明白なときのことである。
即ち、何の判断によつても忌避理由が裁判の公平と全く関係なく、訴訟関係人が訴訟遅延の目的以外に有しないことが客観的に明らかな場合(これを、忌避申立権の濫用、と説明することもできる)である。
忌避理由の有無を判断せざるを得ないような場合にはその有無にかかわらず、すでに「訴訟を遅延させる目的のみでなされたことが明らか」でないのである。
而して一旦簡易却下がなされると、それを準抗告で争つても、訴訟手続は停止しない忌避を申立てられた当該裁判官は、相変らず審理に関与するという状態が続くのであるから、忌避申立権の保障のためには、準抗告審の判断は、出来るだけ早くなされることが要請される。
そして、簡易却下は、「訴訟の遅延のみを目的とすることが明らか」である、という理由によつてのみ、なされるのであつて、之に対する準抗告においても、審理の対象は専ら当該忌避申立が「訴訟遅延のみを目的とすることが明らか」といえるかどうか、その点に少しでも疑義の生じた場合、すなわち準抗告の前提となつた忌避申立が少くとも忌避申立権の濫用とはいえないのではないか、という判断に至つた場合には、ただちにその簡易却下の裁判を取消して、簡易却下なかりし状態、すなわち通常の忌避申立手続を復元しなければならない。それは、準抗告審において、簡易却下決定を取消し、その旨を原決定をなした裁判官に通知(刑事訴訟規則第二七三条、二七二条)することにより当該裁判官は訴訟手続を停止(同規則第十一条)し、その状態において当該裁判官の関与しない裁判所が忌避理由の有無を判断するのである。
元来、忌避申立が忌避申立権の濫用であるとした原裁判官の認定が準抗告審において崩されながら、その裁判官のなした簡易却下決定の効力を温存したままで(その裁判官を引続いて審理に関与させながら)忌避理由の有無の審理を許すことは、断じて法の趣旨ではない。また之を許すならば、簡易却下の濫用に道を開く危険が極めて大きくなる。
したがつて、簡易却下に対する準抗告審においては、簡易却下の要件に少しでも疑念を生じた場合は、直ちに原決定を取消し、その旨を原裁判官に通知すべきであり、またそれを以て足りる。
したがつて第一回の忌避申立が却下された場合、それを準抗告で争つても新たな忌避原因について原審のような立場をとる限り右に述べたように、公平な裁判をうける権利の保障は極めて不充分なものに過ぎない。原審が簡易却下に対しては準抗告をもつてのみ争うべし、というが如き判断をしていることは、これ又、刑事訴訟法第二十二条但書の解釈を誤り、ひいては憲法第三十七条一項に違反するものである。
三、原審における判断の逸脱
原審は、準抗告の前提となつた忌避申立について、訴訟遅延のみを図ることが明らかであるか否かという判断を避け、却つて、本件忌避申立は同一に対する同一の忌避申立であるから不適法だ、という判断をなして準抗告を棄却した。
しかしながら、本件忌避申立は、訴訟遅延のみを図ることが明らかであるものとして簡易却下されたものであり、之に対する準抗告においては、はたして忌避申立が明らかに訴訟遅延のみを目的としていると言えるかどうか、その点だけが争点となつていたのである。したがつて、原審における判断の対象は、あくまでも、この争いの範囲に限られるべきであつた。すなわち同一人に対して三回目の忌避が許されるかどうか、という問題は、全く原審の判断すべからざる事項(忌避裁判所の判断すべき事項)だつたのである。
簡易却下の要件以外の忌避申立の適法要件が忌避裁判所の判断すべき事項であることは、刑訴法第二十四条、第二十二条の明文から当然である。そして忌避裁判所の却下決定に対しては即時抗告が許されている。
ところが、原審は、前述のように忌避裁判所の判断すべき忌避申立の適否まで判断して準抗告を棄却した。したがつて、これに対しては特別抗告以外に争う方法がない。若し、このような裁判が許されるならば、忌避申立に対する忌避裁判所の審理、即時抗告という手続の保障は空文に帰するのである。この点に、原審は刑訴法第四百二十六条の解釈を誤り、ひいては忌避申立権を著しく阻害し憲法第三十七条一項に違反するものである。
四、忌避申立権と憲法第三十七条一項
忌避申立の要件は、裁判官に除斥原因のあるとき、および裁判官が不公平な裁判をする虞があるとき、と定められている(刑訴法第二十一条一項)
不公平な裁判をする「虞」という以上、それは純然たる客観的な理由のみに限らない。当事者が、或る裁判官の公平に不信を抱いた場合、その不信の念が合理的な理由にもとずくものであれば、これをも忌避の原因となしうるのである。このように、広く忌避申立の権利を認めていることは、いうまでもなく、憲法第三十七条一項に、刑事被告人が公平、迅速な公開の裁判をうける権利を明文で保障していることに基くものである。忌避申立は、この憲法上の保障を実効あらしめるための重要な権利である。
ところが、原審は、簡易却下に対する準抗告裁判所として判断すべき事項を判断せず、却つて判断すべからざる事項を判断して準抗告を棄却することにより、忌避申立の適否に関して忌避裁判所の判断をうけ、更に即時抗告ができるという、忌避申立権の行使にあたつての手続的保障を否定し、忌避申立によつて保たれるべき公平な裁判所の保障を、なし崩しにしたものであつて、憲法第三十七条第一項の違反がある。
また、原審は、簡易却下に対しては、準抗告のみをもつて争うべしと言うが如きであるが、それでは、準抗告申立後に忌避原因を生じても一切忌避申立を許さない、ということになるから、そのような判断は忌避申立権に対する理由のない制限であり、忌避の機会をせばめ、憲法第三十七条一項の公平な裁判所の保障に背反するものである。また、準抗告申立後に生じた忌避事由は、準抗告審において忌避理由の有無を判断する資料に供する、というのであれば、これ亦、忌避裁判所による忌避理由の審理、即時抗告という忌避申立権行使にあたつての手続的保障を否定することになり、忌避によつて守られるべき憲法第三十七条の公平な裁判所の保障を無にするものである。
以上の理由により、刑訴法第四百三十三条に基き原審のなした準抗告棄却決定の取消を求める。